保忌

亡きあなたにあてて、このたよりを記しておりますと、頬につたう冷たいものを、おさえるすべもないほどで、このふかいかなしみばかりは、ついに癒されることなく、わたくしのなかで、もはや永遠なものにかわつていつたようです。あのいまわしい戦争のために…

『ぽかん』3号

真治彩さんの雑誌『ぽかん』3号が出た。前号から約2年ぶり。 「本そのものより読書という行為をテーマに」のコンセプトが気に入って、1号、2号と愛読していた。外村彰氏の連載「多喜さん漫筆」を読んで、井上多喜三郎ゆかりの京都「れんこんや」や八日市「AB…

高祖の郷

もう半年も前のことになる。 昨年11月、福岡へ出張したついでに、ある地を訪ねた。 それは糸島市の、 「高祖」というところ。「たかす」と読む。 牛窓「なかなか庵」清須浩光氏の調査によると、全国に「高祖」の地名は少なくとも5か所あるそうだ。福岡県糸島…

古書をまとえば

In the Libraryという香水がある。 甘く年古りた、 「かうばしい本のにほひ」(尾形亀之助「九月の詩」)。 由緒書によると、調香師のChristopher Brosius氏はそうとう、 Whenever I read, the start of the journey is always opening the book and breathi…

山下町の夜

神奈川近代文学館で古い雑誌をいくつか繰ったあと、夕暮れの港町を散策する。 小高い丘から横浜公園のほうへ。かつてその近くに、高祖保の勤め先「宮部末高合名会社」があった。そこはいま灰色の立体駐車場になっているのだが、詩人ゆかりの地であることに変…

保忌

彦根は雪のよく降る処ときく。一月八日、惨たるビルマの病床に、せめて一片の雪をその最後の唇に散らして上げたかつた。私もまた雪が大好きの性、ふるとも舞ひ上がるともはて知らぬ空に、みぢんに散りばふ雪の中に、いえ、その雪こそあなたと……。 津軽照子 …

高祖保の牛窓

10月8日、高祖保の生誕地・牛窓を訪ねた。 思い立ったのは前日のこと。その日こんな記事を読んだのがきっかけだった。「牛窓の詩人・高祖保知って」(読売新聞 YOMIURI ONLINE版、10月6日付)生家跡の史料館に高祖保コーナーができ、7日より公開されるという…

厦門採訪 鼓浪嶼篇

鼓浪嶼(コロンス島)を歩く。 厦門島よりフェリーで数分の距離にある、かつて共同租界だった小島である。 いまも租界時代に建てられた洋館や、華僑の古い別荘が数多く残る。 旧日本領事館、1898年築。「重点歴史風貌建築」のプレートが掲げられているが、 …

厦門採訪 老街篇

1920年当時の厦門では、五四運動や日貨排斥運動の影響で反日感情が高まっていた。 ある夜、佐藤春夫は宿で寝床に豚の背骨を入れられるという目にあう。 これはどうもボオイか何かの悪戯に相違ない。料理場の近くで犬がしやぶりさらしてあつた奴を、私が日本…

厦門採訪 集美篇

古い旅行記を読むのは、楽しい。 かつてあった、今もあるかもしれない街並や風俗のなかを、著者とともに巡る。それは、居乍らにしてできる時間旅行。読書ならではの楽しみである。妄想逞しゅうすれば、旅愁さえ味わえよう。例えば、佐藤春夫 『南方紀行 厦門…

詩人の名刺

某目録より注文した『菽麥集』(湯川弘文社、1944年)に付いていた田中冬二の名刺。 耳付き和紙に刷られているのを見て、おやと思った。 高祖保の名刺とそっくりなのだ。これは川上澄生に献呈された『雪』(文藝汎論社、1942年)に付いていたもの。青いイン…

詩人の形見分け

帰省のついでという名目で、下鴨納涼古本まつりへ。 品川でのぞみに乗ったのだが、朝も早よから大層な混みよう。指定席を取っておかなかったばかりに、京都まで立ちんぼする羽目に。 ふらふらと糺の森にたどり着いたのは9時45分ごろのこと。案内図を見ると、…

天野忠つながり

京王新宿の大古書市初日に買ったもの。 倉橋顕吉『詩集 みぞれふる』編集発行・倉橋志郎、1981年 1000円也 『山前實治全詩集』文童社、1981年 3000円也 河野仁昭『小庭記』洛西書院、2007年 500円也 天野忠『草のそよぎ』編集工房ノア、1996年 1000円也 以上…

老蘇村のモダンボーイ

抒情詩社編『一九二七年詩集 昭和二年版』 抒情詩社、1927年 趣味展にて。1500円也。『抒情詩』同人を中心とする170人の詞華集。 井上多喜三郎の「印象詩派詩篇」6篇が収録されている。 時に多喜さん25歳。初期に属する詩業である。 噴水絹糸のやうにさみし…

頭の中で回すコマ

荒川洋治 『詩とことば』 岩波現代文庫、2012年 文庫化にあたり、6編の新稿が加えられている。そのうちの1編「独楽」は、北海道立文学館に膨大な詩書のコレクションを寄贈した高橋留治についてのエッセイ。表題は高橋氏の「頭の中で回すコマ」ということばに…

詩の旅、旅の詩

伊藤信吉 『紀行 ふるさとの詩』 講談社、1977年 松屋浅草の古本まつりにて。300円也。 北海道から沖縄まで、著者が心惹かれる詩と詩人にまつわる地をめぐった旅の記憶。「詩人の声がいざなう信濃の国」という章で、高祖保「旅の手帖」の一部が引かれている。…

多喜さんの京都

連休中のこと。上洛の機会を利用して、「多喜さん」こと井上多喜三郎ゆかりの地を巡った。高祖保の詩友だった多喜さんは、戦後近江詩人会を結成して大野新ら後進の指導に尽力した湖国生え抜きの詩人。一方で、京都のコルボウ詩話会やそこから枝分かれして出…

古本はチョコレートの香り

先週末、リブロ池袋の古本まつりと書窓展で買ったもの。 『國民詩 第二輯』 中山省三郎編、第一書房、1943年 1050円也。高祖保の「旅の手帖」収録。この詩は、1942年の自筆詩集『信濃游草』*1を改題・改稿したもの。同年、友人の八幡城太郎と諏訪在の詩人・…

虚栄の市にて

「銀座 古書の市」で買ったもの。 『年刊日本プロレタリア創作集 1932年版』 日本プロレタリア作家同盟出版部、1932年 250円也。見返しに発売時のものと思しき三省堂のラベルが残っている。 1931年満州事変勃発、1933年小林多喜二虐殺、というおっかない時代…

蠹魚的台灣小旅行 台南篇

台北篇の続き。寒い季節に暑苦しい話を。 荒廃の美を求めて 9月6日、台北から台灣高鐵に乗り古都・台南へ。白亜の台南駅からタクシーで市の西郊・安平に向かう。 定番の安平古堡や安平樹屋にも行ったのだが、 この日のお目当ては、「禿頭港」。 といっても、…

保忌

高祖保よ、私は君の死を未だ信じたくはないのだ。私は、ビルマで生きつづける君を信じる。いつの日か、ビルマへ行くことが出来たなら、必らずや、君は、美しい老年をまとつて、やさしく私の手をとつてくれることと信じてゐる。岩佐東一郎 「高祖保を憶ふ」『…

高祖保と地方詩壇

東海詩人協会編 『東海詩集 第三輯 昭和三年版』 東文堂書店、1928年7月15日 第5回扶桑書房一人展にて。東海地方在住の詩人を中心とする団体の年刊詩集。 これに当時、彦根で浪人していた18歳の高祖保が散文詩2篇を寄稿している。 巻末の年表によると、高祖…

i豆本なの

ランニングのおとも、iPod nano。 そのマルチタッチディスプレイをもっと有効活用しようと、高祖保の詩集『禽のゐる五分間冩生』の画像をトリミングして入れてみた。 一行の文字数が少ない詩集などの自炊画像なら、余白を切り詰めればけっこう読める。 青空…

本の街にて

神田古本まつりで買ったもの。 詩の朗読研究会編 『詩の朗読講座 草原文庫2』 草原書房、1947年 「朗読詩集」の部に高祖保の「孟春」一篇が収録されている。本書は外村彰氏の「高祖保作品年表(一)」に記載がないので、ちょっとした発見。300円也。 尾崎一…

高祖保の検印

『雪』 文藝汎論社、1942年 架蔵本を見る限りでは、少なくとも2種類存在する。「宦南」 「玄澤」(?) 後者は判読にいまいち自信が持てないが、川上澄生宛献呈本の印である。神奈川近代文学館所蔵の木下杢太郎宛献呈本にもこれが使われている。献呈分と頒布分…

Kindle Stoic Edition

第4世代となる新Kindleのエントリーモデル。 平凡社ライブラリーとほぼ同じサイズである。 厚さは岩波文庫のボルヘス『創造者』とほぼ同じ。持つともっと薄く感じる。 安い(送料込みで$122.98)代わりに、非タッチパネルで、TTS・音声出力・スピーカー・3G…

蠹魚的台灣小旅行 台北篇

9月4日から7日まで台湾に滞在。 主に日本統治時代の建築を巡ったのだがそれはさておき、ここでは紙魚の琴線に触れたスポットを記しておこう。 日星鑄字行 台湾唯一の活字鋳造所。去年読んだ港千尋『書物の変』(せりか書房、2010年)で知り気になっていた。…

高祖保と『ひとで』

石原輝雄 『三條廣道辺り 戦前京都の詩人たち』 銀紙書房、2011年8月27日 マン・レイのレイヨグラフと俵青茅・天野隆一を繋ぐミッシング・リンクの探求記がすこぶるスリリング。ぐいぐい引き込まれたのだが、マン・レイの映画『ひとで』(L'Etoile de Mer 19…

『独楽』定稿閲覧記

高祖保の未刊詩集『独楽』の定稿が、彦根市立図書館にある。それが昨夏、詩人の遺族より同館に寄贈されたことを、2010年度日本近代文学会関西支部秋季大会における外村彰氏の発表要旨で知った。『独楽』が未刊に終わった経緯については、詩友の岩佐東一郎が…

糺の書の森にて

下鴨納涼古本まつりで買ったもの。 澁谷榮一 『詩壇人國記』 交蘭社、1933年1月11日 日本の詩人を出身県・地方ごとに分類して紹介。台湾・朝鮮・関東州の詩人も含む。5000円とたいへん悩ましい値段だったが、滋賀県の項に「高祖保」の名を見つけたので購入を…