高祖保

2022年の約10冊

古書の10冊 水戸敬之助『氷河』黎明社、昭和8年 響枕に耳をあてゝ 暗い胸の響を聽く 北斗七星が冴えてゐる 妙な氣持讀みさしの本を そつと胸にのせ 指を組んで死んだ眞似する 雜音私といふ全部から 凡ゆる雜音が消失して 頭がはつきり澄むことがある それは…

高祖保生誕110年

生誕110年を記念して、9月13日から12月6日まで岡山市の吉備路文学館で特別展が開催されている。 www.kibiji.or.jp牛窓の生家跡に2018年まであった中屋高祖家の私設資料館「なかなか庵」から瀬戸内市立図書館に寄託された遺品・原稿などが展示される。 10月25…

2019年の約10冊

古書の10冊 水蔭萍『燃える頬』河童茅舎、1979年 映画『日曜日の散歩者 わすれられた台湾詩人たち』(2015年 台湾)で忘却の淵より浮上した水蔭萍(楊熾昌 1908-94年)の第三詩集。限定75部。 1933年から1939年まで「詩学」「椎の木」「神戸詩人」「媽祖」「…

2018年の約10冊

古書の約10冊 今年は戴きものに恵まれた。生前の詩人の記憶も。受け継ぐことの喜びと責任。 水沼靖夫『四季の子守唄』私家版、昭和46年 透明な滴くを放射状に きらめかせて燃えた あの水々しかった太陽 たとえ真火な荒野がすぐみえるとも いつまでも霧のむこ…

保忌

高祖保よ、君をかなしむ、 さやうならとも言はないで、 ビルマに消えた『雪』の詩人よ。 悲しい戰さの受難者よ。 高祖保よ、君をしのぶよ、 お行儀のよい來訪者、 禮儀正しい通信者、 待たれる人よ、待たれるたよりよ、 僕の孤獨の慰安者よ、 追悼文の豫定の…

2017年の約10冊

古書の約10冊 加藤健『詩集』詩洋社、昭和6年 立原道造が「盛岡ノート」の旅で親交を結んだ詩人。この人は、生前刊行した10冊の詩集(没後にも2冊ある)のうち6冊にただ『詩集』と同じタイトルをつけているのだけれど、本書は第一詩集。石神井書林古書目録10…

保忌

高祖保高祖保、そうだつたかそうだつたかと、あの人は元気でいつた。高祖のバカヤロウと僕は口のなかでつぶやいた。何んでビルマなんかで死にやがつたと、お前もここへ来て一パイ吞めと、それで急に彦根の城下町が好きになつた。 〈彦根城址にて高祖保を憶う…

『木苺』と『希臘十字』の会

昭和8年の今日、9月25日夜、高祖保『希臘十字』と山本信雄『木苺』の合同出版記念会が開かれたのだった。 『希臘十字』は8月25日に、『木苺』は9月1日に、椎の木社から刊行されたばかり。ともに第一詩集だった。*1会場は、銀座明治製菓売店3階。同年2月に新…

保忌

すでにあなたはいない 私の手にのこったのは 瀟洒な詩集「雪」 書翰一束 すでにあなたはいない 貴公子然とした風貌の主 典雅きわまりなき教養の主 すでにあなたはいない 天性の詩人 温情の君子 若き詩徒の慈父 すでにあなたはいない ――古風な温泉宿 ひぐらし…

高祖保没後70年に

2015年は、戦後70年にして詩人・高祖保没後70年という、記念すべき年であった。(高祖は1945年1月8日ビルマにて戦病死) 詩人に関する今年の主なイベントをまとめておく。 『高祖保集 詩歌句篇』の出版 書簡集・評伝・随筆集と、出版により詩人の顕彰を続け…

2015年の10冊

古書の10冊 ※すべて詩集。 柏木俊三『栖居』カイエ社、1934年 雲が破れる。人の中に日射しが砂地を作る。人を殺すために。此の世の秘密を護るために。(「冬」より) 荒木二三『蝶』私家版、1934年 ※装画:天野大虹 たうとう探しあてた幸福みたやうなものを…

高祖保の金沢 後篇

昨年8月4日、金沢滞在の最終日、陸上自衛隊金沢駐屯地を見学した。 ここはかつて、陸軍・金沢山砲兵第九聯隊の衛戍地だった。高祖保が、昭和5年12月1日から昭和6年11月30日まで幹部候補生として軍隊生活をおくった地である。 当時の地図によると、隣接して工…

高祖保没後70年記念講演会

戦後70年の今年は、高祖保没後70年でもある。(1945年1月8日ビルマにて戦没) 本日、詩人の生誕地・牛窓で顕彰活動をされている清須浩光さんより記念講演会の案内を頂いた。講師は外村彰先生。清須さんの許可を得たので、以下に転載。 テーマ 高祖保没後70年…

湖畔集より

高祖保「湖畔集」より、“その二”。 湖水の多景島で。―― あの羊腸たる《蟻門渡(ありのとわたり)》をわたりながら、わたしはみごと O CARA MIA を鼻唄でやつてのけた。そのとき中空に、膜翅類(まくしるゐ)のむらがる幻影が、レリイフのやうに生じたのはな…

保忌

湖畔集の中の二行 カッフエと寺塔を軒なみに 北陸から雪をかづいできた貨車が息をつく街 その街、彦根、青春の墳墓の地といていた彦根、に春のひとときを訪れました。うらぶれた古城をとりまく荒廃の哀韻と、晩春の陽にかゞやく湖の悠久のしづけさの中に、湖…

高祖保の金沢 中篇

8月3日、昼ごろ武蔵ヶ辻の「めいてつ・エムザ」へ向かう。高祖保はこのあたりでこんな歌を詠んでいる。 三越の六階にみる卯辰山樹々にふきこもる風のあしみゆ(金沢三越) 『香蘭』9巻7号(昭和6年7月) 当時、武蔵ヶ辻には三越金沢店があった。昭和5年に開…

高祖保の金沢 前篇

8月2日から4日まで金沢に滞在。少し早い夏休みの小旅行とて高祖保ゆかりの地を巡る。 昭和5年、満20歳になった高祖保は、当時の兵役法の定めにより徴兵され、同年12月1日、金沢の山砲兵第九聯隊に第一中隊幹部候補生として入営、翌昭和6年11月30日まで在営し…

察しのよすぎたマダム

「――空気に水と青葉の匂ひのする雲の美しい」夏の朝なのである。 私は裏畑に自ら培つて穫た三本の胡瓜をもいで、その特意さを、生垣ごしの隣家のマダムに誇示して云つた。 「奥サン、コノ胡瓜見事ダト思ヒマセンカ」 しかしマダムはその時、一個の美的観賞者…

『雪』の異装

某古書目録より高祖保の第三詩集『雪』(文藝汎論社、1942年5月4日)を入手されたMさんが、並製の異装本だったと知らせてくださった。外村彰『念ふ鳥 詩人高祖保』277頁に『雪』の異装本が1点掲載されているが、それとも異なるという。 ありがたいことに譲っ…

京都点景

高祖保「滞洛小記」(『門』第3輯、昭和4年)より「一、京都点景」。 鴨川べりに敷いた淡彩グリインの天然絨氈 坂をのぼるインクライン砂積船 天と見えぬ抛物線を描く 比叡・大文字・花頂・音羽・衣笠 岡崎公園大礼館まへの赤ら顔のとほうもない大鳥井 都会…

輕井澤ニユーグランドロツヂ

『高祖保随筆集 庭柯のうぐひす』(龜鳴屋、2014年)の圧巻、「軽井沢より」。 昭和16年7月20日から8月26日までの軽井沢滞在記である。このころの高祖保は、7月15日に第2詩集『禽のゐる五分間写生』を井上多喜三郎の月曜発行所から上梓したばかり。『高祖保…

ネットの青空翔ける「念ふ鳥」

3月16日、高祖保の第一詩集『希臘十字』(1933年)が青空文庫で公開された。 作品リスト:http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1774.html第三詩集『雪』(1942年)、未刊詩集『独楽』も校了しているので、これらも遠からず公開されるだろう。底本はい…

保忌

亡きあなたにあてて、このたよりを記しておりますと、頬につたう冷たいものを、おさえるすべもないほどで、このふかいかなしみばかりは、ついに癒されることなく、わたくしのなかで、もはや永遠なものにかわつていつたようです。あのいまわしい戦争のために…

『ぽかん』3号

真治彩さんの雑誌『ぽかん』3号が出た。前号から約2年ぶり。 「本そのものより読書という行為をテーマに」のコンセプトが気に入って、1号、2号と愛読していた。外村彰氏の連載「多喜さん漫筆」を読んで、井上多喜三郎ゆかりの京都「れんこんや」や八日市「AB…

高祖の郷

もう半年も前のことになる。 昨年11月、福岡へ出張したついでに、ある地を訪ねた。 それは糸島市の、 「高祖」というところ。「たかす」と読む。 牛窓「なかなか庵」清須浩光氏の調査によると、全国に「高祖」の地名は少なくとも5か所あるそうだ。福岡県糸島…

山下町の夜

神奈川近代文学館で古い雑誌をいくつか繰ったあと、夕暮れの港町を散策する。 小高い丘から横浜公園のほうへ。かつてその近くに、高祖保の勤め先「宮部末高合名会社」があった。そこはいま灰色の立体駐車場になっているのだが、詩人ゆかりの地であることに変…

保忌

彦根は雪のよく降る処ときく。一月八日、惨たるビルマの病床に、せめて一片の雪をその最後の唇に散らして上げたかつた。私もまた雪が大好きの性、ふるとも舞ひ上がるともはて知らぬ空に、みぢんに散りばふ雪の中に、いえ、その雪こそあなたと……。 津軽照子 …

高祖保の牛窓

10月8日、高祖保の生誕地・牛窓を訪ねた。 思い立ったのは前日のこと。その日こんな記事を読んだのがきっかけだった。「牛窓の詩人・高祖保知って」(読売新聞 YOMIURI ONLINE版、10月6日付)生家跡の史料館に高祖保コーナーができ、7日より公開されるという…

詩人の名刺

某目録より注文した『菽麥集』(湯川弘文社、1944年)に付いていた田中冬二の名刺。 耳付き和紙に刷られているのを見て、おやと思った。 高祖保の名刺とそっくりなのだ。これは川上澄生に献呈された『雪』(文藝汎論社、1942年)に付いていたもの。青いイン…

頭の中で回すコマ

荒川洋治 『詩とことば』 岩波現代文庫、2012年 文庫化にあたり、6編の新稿が加えられている。そのうちの1編「独楽」は、北海道立文学館に膨大な詩書のコレクションを寄贈した高橋留治についてのエッセイ。表題は高橋氏の「頭の中で回すコマ」ということばに…