古本はチョコレートの香り

先週末、リブロ池袋の古本まつりと書窓展で買ったもの。

  • 『國民詩 第二輯』 中山省三郎編、第一書房、1943年


1050円也。高祖保の「旅の手帖」収録。この詩は、1942年の自筆詩集『信濃游草』*1を改題・改稿したもの。同年、友人の八幡城太郎と諏訪在の詩人・田中冬二を訪れ、諏訪湖松原湖・小諸・軽井沢を巡った旅の思い出を短章形式で叙している。
不穏な戦争詩・愛国詩が多く載るこのアンソロジーにあっては、かなり暢気な感じを受ける作品だが、元とくらべてみると、時局を意識して手を加えたと思しき箇所が見られる。

旧道で。――アメリカン・ベーカリが、ことしは、ことしばかりは、いかにも肩身狭さうに店をひらいてゐる。
去年あの店で、ボオイをしてゐた早稲田の学生は、どうしたことか。

 『信濃游草』 短章32

舊道で、――草經電車を舊道ですてて、矢庭にわたしは觀てとつた。停留所まへのアメリカン・ベーカリが、ことしは(いや、ことしばかりは)いかにも、肩身狭さうに店をひらいてゐる、と。どうして、まだあのやうな名前が遺されてゐるのだらう。

 「旅の手帖」 短章19

「旅の手帖」は、その後さらに改稿されて未刊詩集『独楽』にも収録される予定だったが、そのさい上の短章は除かれている。

  • 『田中冬二詩集』(現代詩文庫) 思潮社、1988年


200円也。「高祖保に」の献辞をもつ「浅間の裾」(詩集『橡の黄葉』から)収録。上記『信濃游草』・「旅の手帖」の旅の前年にも、田中は軽井沢で高祖と会っている。これはその時のことを詠んだもの。

浅間の裾
   ――高祖保に


火の山の麓 白雨の中で別れた友よ


沓掛の宿で売つてゐた青い小さい林檎
朴の木の下 立つて髪を梳いてゐた女
星野温泉から塩壺温泉への裏径の谷間の山葵田
さがみ屋のつめたい蕎麦


友よ
追分 御代田 そして小諸へ来るともう雨の気もなかつた


雨に濡れた窓硝子をあけながら 浅間の裾を迂回してゆく信越線をさびしいと思つた

  • 『詞華集 初花』 百田宗治編、増進堂、1943年


装幀・青山二郎。婦人向けの愛国詩アンソロジー。1050円也。


装幀意匠・著者、彫刻摺り・伊上凡骨

「女誡扇綺譚」を読んで台南に行きたくなったように、これ読んだら厦門に行きたくなる。ともに1920年6月から10月にかけての旅行から生まれた作。300円也。

  • 富永次郎『黄昏暦』大観堂書店、1940年


詩人・富永太郎の弟の小説。商家に入婿してものすごく肩身の狭い思いをしている男の話。。900円也。

*1:外村彰編 『高祖保書簡集 井上多喜三郎宛』(龜鳴屋、2008年)に、全頁の写真入りで復刻・併載。