詩人の名刺

某目録より注文した『菽麥集』(湯川弘文社、1944年)に付いていた田中冬二の名刺。

耳付き和紙に刷られているのを見て、おやと思った。

高祖保の名刺とそっくりなのだ。これは川上澄生に献呈された『雪』(文藝汎論社、1942年)に付いていたもの。

青いインクで刷り足された部分を除けて見比べると、紙だけでなく活字の書体と組み方もそっくり。

二人で、あるいは仲間内でお揃いにしたのだろうか。
和紙が使われているのは、抒情詩人のこだわりというより、戦時中の洋紙不足のあらわれと見るべきだろう。
櫻井書店が、配給物資だった洋紙の割り当て不足を補うために、統制外の和紙を買い集めて本を作っていた、という話がある。*1
粗末な洋紙より寧ろ贅沢な和紙の方が、先立つものさえあれば結構自由に手に入ったようだ。
戦時中に刷られた詩人の名刺が、今なおこうして奇麗に原形をとどめているのは、たぶんそんな事情のおかげなのだろう。

追記:耳付き和紙の名刺は、高級名刺の定番として昔から使われてきたとのこと*2。当時、田中冬二は安田銀行の支店長、高祖保は宮部末高合名会社の社長だった。(2015.6.30)

*1:櫻井毅『出版の意気地―櫻井均と櫻井書店の昭和』(西田書店、2005年)

*2:創業1888年信洋舎製紙所HPより