『雪』の異装

某古書目録より高祖保の第三詩集『雪』(文藝汎論社、1942年5月4日)を入手されたMさんが、並製の異装本だったと知らせてくださった。外村彰『念ふ鳥 詩人高祖保』277頁に『雪』の異装本が1点掲載されているが、それとも異なるという。
ありがたいことに譲ってくださったので、この機会に『雪』の体裁について少しくまとめてみる。

外村彰「高祖保書目稿」(『滋賀大国文』46号、2008年7月)によれば『雪』は、

異装本(三種)あり(硫酸紙包装紙装〔象牙色〕 函〔和紙装、縦ないし横に口〕 並製)

とのこと。つまり詩集『雪』は、異装でない通常版(以下、仮に「流布本」と呼ぶ)を含めて4種類あったらしい。

流布本

『文藝汎論』1942年5月号に掲載された『雪』の広告には、体裁について次のように記されている。

B6判・約百三十頁。総頁十二ポイント使用。特殊新型組。外函(越前鳥ノ子唐皮紙)、表紙(武州細川濃紺紙)。見返し(武州細川花鉄紙)。本扉(鳥ノ子淡鼠紙) 本文(鳥ノ子純白紙)。

『雪』は150部の限定出版だったが、なかでも一般に販売されて最も多く世に出たのはこの広告されたバージョンだったと考えられる。知る限りでは、木下杢太郎あて献呈本(神奈川近代文学館蔵)と川上澄生あて献呈本(小生架蔵)もこれである。

外函(越前鳥ノ子唐皮紙)


口は上辺に開いている。

表紙(武州細川濃紺紙)

本体は横綴りの丸背上製本。題簽の黄色い縁取りに注目。家蔵の2冊をよく比べてみると、太さやかすれ具合が異なり、実は手彩色であることが分かる。

流布本1(川上澄生宛献呈本)の題簽

流布本2の題簽

見返し(武州細川花鉄紙)


識語署名

見返しの次の遊び紙に記されている。

流布本1の識語署名

流布本2の識語署名

識語は劉禹錫の七言絶句「楊柳枝詞」(唐詩選 巻七 所収)からとられている。

煬帝行宮汴水濱  煬帝の行宮 汴水の浜
數株楊柳不勝春  数株の楊柳 春に勝えず
晩來風起花如雪  晩来風起って 花 雪の如し
飛入宮牆不見人  飛んで宮牆に入るも人を見ず

煬帝の行宮は、いまも汴水のふちに残っている。そこに立つ何本かの楊柳は、春の思いにたえかねた風情である。日が暮れるとともに風がおこり、綿毛は雪のように舞って、行宮の垣根を越えて飛び入るのだが、そこには人かげもない。かつてここに遊んだ美しい女性たちの姿は、もはや見られないのだ。

唐詩選』(下)前野直彬注解、岩波文庫、2000年、185-186頁

本扉(鳥ノ子淡鼠紙)

「雪」から発する黄色い枠線も、太さが本ごとに異なり、フリーハンドで引かれていることが分かる。

流布本1の枠線

流布本2の枠線

中扉

本扉の次にあり、本文と同じ紙が使われている。

本文(鳥ノ子純白紙)


奥付

検印が、家蔵の2冊ではそれぞれ異なっている。

流布本1の検印 「玄澤(?)」
神奈川近代文学館所蔵の木下杢太郎宛献呈本にもこの検印が用いられている。献呈する場合は検印を変えていたのだろうか。

流布本2の検印 「宦南(?)」

※どなたか検印の正しい読み方と由来をご教示いただけますと幸甚です。

異装本 1

評伝『念ふ鳥』277頁に掲載のもの。写真からは並製のように見える。表紙の題簽が流布本と異なる。実物未見のため、函などそれ以外の異同は分からない。

異装本 2

国立国会図書館所蔵のもの。国立国会図書館デジタルコレクションで画像(白黒)が公開されている。画像からは並製のように見える。函の情報はない。公開画像には、流布本にあった識語署名が見当たらない。

表紙

題簽が流布本や他の異装本と異なり、手書きされているように見える。

略標題紙

流布本の中扉と同じものだが、本扉の前にある。

本扉

流布本と同じものに見える。

奥付

検印が、流布本で見たことがあるものと異なる。

異装本 3

Mさんから譲っていただいたもの。流布本の体裁と大きく異なる。

外函


流布本の函と比べると、奥行きがやや狭く、丈がやや長い。
流布本より塵が細かく、入り方が密。表には縦に2本、薄い朱色の線が引かれているが、元の意匠なのかどうか分からない。

【2014.5.26 追記】本記事をご覧になった方が、別の古書目録より入手された『雪』の写真を送ってくださった。函と本体の組み合わせは異装本3。本体表紙を包んでいたはずの硫酸紙は失われているが(よって表紙中央の印もない)、函は上の写真と同じだった。このことから、薄い朱色の2本の縦線はオリジナルの意匠だったと考えられる。情報提供ありがとうございました。

口は横に開いている。

表紙

本体は並製本。前掲の外村彰「高祖保書目稿」にある「硫酸紙包装紙装〔象牙色〕」はこの異装本をさしていると思われる。硫酸紙の上から、奥付の検印と同じ印が押してある。

流布本と異なり背文字がある。裏表紙には、「文藝汎論社」と印刷されている。流布本の裏表紙にはない。

見返し

流布本と異なり、本文と同じ紙が使われている。透かすと分かるのだが、本文の用紙は流布本と異なる。またこちらの紙の方が白みが強い。見返しの次の遊び紙に、流布本にあった識語署名がない。

略標題紙

異装本2と同じく、流布本の中扉と同じものが、本扉の前にある。本文と同じ紙が使われている。

本扉

組版は流布本や異装本2と同じだが、用紙が異なり、「雪」から発する枠線もない。薄い朱色が外函の2本の線と呼応しているように見えなくもない。

奥付

検印は流布本1と同じ。

異装本 4

【2017.6.13 追記】
外函に朱色の2本線がない以外は、異装本3と全く同じである。識語署名もなし。
まじまじと観察しても痕跡が見当たらないので、朱色の2本線は褪色して消えてしまったのではなく、もとから引かれていなかったと思われる。


以上が現時点で知る限りの詩集『雪』の姿だが、5種類(流布本+異装本4種)にとどまらない可能性がある。例えば、かつて林哲夫氏のdaily-sumusで紹介された田村書店『近代詩書在庫目録』に掲載の『雪』は、外函が異装本4と同じで、本体は上製とある。この組み合わせは上記のどれにも当てはまらない。
そもそも手書きの部分があったり、検印が複数使われていたりするので、そういった違いまで含めると、この詩集は実に多様な姿で存在したことになる。そう、雪の結晶のごとくに。「雪は天から送られた手紙」という言葉があるように、詩集『雪』もそのひとつひとつが天童・高祖保から送られた手紙なのだ。