ブリュッセル最高裁判所

昨年の大晦日ブリュッセル滞在2日目のこと。ジュ・ド・バル広場の蚤の市をひと巡りしたあと、そこからほど近い最高裁判所を訪ねたのだった。丘の上に建つそのドーム屋根はかなり離れた街中からも目について、ひときわ存在感を放っていた。

裁判所などという、休日の午後を過すにあまりふさわしくなさそうな場所へ誘ったのは、ゼーバルトの『アウステルリッツ』に他ならない。残念ながら正面階段の上でかの建築史家に出会うことはなかったけれど。

その「異様な、ばかでかい建築のお化け」は、

彼の話によれば一八八〇年代にブリュッセルの市民階級がせかして慌しく造らせた建物で、ジョセフ・ポエラールなる建築家による豪壮な設計は、細部まで練り上げられないうちに着工されたという。そのために容積七十万立方メートルあまりの最高裁の建物には、どこにも通じていない廊下や階段、ドアがなくて開かずの間になった部屋や広間などがいくつとなくできてしまい、四方を塞がれたからっぽの空間が、処罰制裁を下すあらゆる権力の最奥の秘密を象徴するということになってしまった。*1

アウステルリッツにならって、この「石の山獄」の内部をうろついてみる。

柱列の森を抜け、

巨大な彫像の居並ぶわきを過ぎ、

階段を降りつ昇りつしたが、誰ひとり咎めだてなかったという。

アウステルリッツは、廊下をどこまでも歩きつづけたと語った。左に右に曲がり、ときにははてもなく直進し、

背の高い扉を開けてつぎつぎと敷居をまたぎ、広い廊下からわき道にはずれていく、いかにも仮拵えらしいギシギシいう木の梯子段を幾度か昇ったり降りたりした。

すると上階と下階のあいだの宙ぶらりんの階に出、暗い行き止まりに突き当たるのだが、

「ブラインドの残骸や、高机や事務机や事務椅子などの調度品が、あたかも誰かがそこで籠城でもしていそうなけしきで」積み上げられていることはなかったし、「あちこちの空き部屋や廊下のはずれで、煙草屋だの馬券売場だのカウンターバーだのといった、小商い」をする者もなく、ひっそり閑としていた。

冷たい薄暗闇をいつまでも黙々と歩む私を追いながら、――早よ出よ、そろそろ外暗くなるし、今日はお店とか美術館早じまいするで大晦日やから、と妻は語った。

*1:引用は、W・G・ゼーバルト『改訳 アウステルリッツ』(鈴木仁子訳、白水社、2012年)より。