2017年の約10冊

古書の約10冊

加藤健『詩集』詩洋社、昭和6年

立原道造が「盛岡ノート」の旅で親交を結んだ詩人。この人は、生前刊行した10冊の詩集(没後にも2冊ある)のうち6冊にただ『詩集』と同じタイトルをつけているのだけれど、本書は第一詩集。石神井書林古書目録100号より。同目録には「藤田嗣治(表紙・挿絵)」とあるが誤りで、何かの手違いだろう。藤田が装幀挿画を手がけたのは第三・第四・第五・第六・第八詩集。
「後記」によると、詩誌『詩洋』で師事した前田鐵之助の夫人のカットが使われる予定だったが、未着のため同夫人が装幀した前田鐵之助『四つの詩集』と同装にしたとある。

公園の熊の子は寂しい。
二匹で相撲をとるのだ、
そして二匹ともころぶのだ。


(「断章」より)

暗澹として空は曇つた。


黒い馬は意志に燃ゆる、
銀に、川を蹴たて ゝ走つてしまつた。


(「馬」)


中村胖『青い紳士』書肆かぎや、昭和23年

戦前は「冬木胖」名義で書いていた、堀口大學門下の詩人。高祖保「孟春」のエピグラフ「月夜の園の鶴夫人(マダム・シゴオニュ)の扇」の作者。戦後は本名で書いたようで、本書は句集。中村胖名義では他に、旧作より編んだ詩集『今いづこ』(書肆かぎや、昭和22年)もある。

白きマスクを外して白き言葉あり

落葉積むわが墓ぞ見ゆまぼろし

枯木にもたれたひとのねがひは音楽

クリスマスカアドにも書けりさびしやと


松本良三『飛行毛氈』栗田書店、昭和10年

『シネマ』の石川信雄によりまとめられた遺歌集。石川と松本は川越中学で同窓になって以来の盟友。昭和8年に27歳で早世。


アドバルウンに吊りさげられてゐる街はくたびれはてた晝の街なり

かの日よりうちがはばかりむきたがるかなしみをもつた少年なりき

今朝買ひしメソポタミヤの地図なくし夜更けの街にわれ迷ひゐる

ひとあまたみちあふれゐるデパアトに買ひしノオトをわが撫でてゐる


西山克太郎『過去』私家版、昭和39年

石神井書林古書目録101号より。「リアン」事件に連座したシュルレアリストの第一詩集。昭和14年発行だが直ちに発禁、押収されて2部しか残らず、「西山克太郎論」のある内堀氏ですら原本未見とのこと。本書はその復刻版。著者による後記、「「過去」出版前後事情」、高橋玄一郎「山中消息」も収む。
収録作はわずか10篇。検閲に引っかかりそうな詩は題名のみ掲げ、別途「詩集過去・補遺」として配ろうと謄写版で10部ほど刷ったそうだが、発禁時にすべて失われたという。
ほか、『モルグ』『点と線』という作品集もあったが、稿本を預けていた高橋玄一郎が「リアン」事件で検挙された際に失われてしまったのだった。


地球の裏側に赤き肉體が散る。
男の胸と女の胸。
 (河が奔る 動脈出血のやうに 激しく)


男が頭を裏返す時、女は肌を裏返す。
それは女が蜜蜂に近いせいだ。


(「法に依りて」)


志村辰夫『新フィレンツェ』日本愛書会、昭和17年

イタリア・ルネサンスに仮託して体制批判したというサタイア詩集。濱田濱雄の挿画・コラージュが5点入っている。『新領土』で一緒だった安藤一郎と永田助太郎が跋文を寄せている。


太田静子『あはれわが歌』ジープ社、昭和25年

太宰との顛末を書いた小説。モダニズムの画家で詩歌もつくった六條篤が「三條篤」の名で登場する。太田静子は戦前、新短歌を詠んでいたころ六條篤と恋仲になったことがある。作中に六條が太田のために書いたという詩「指紋」が出てくる。ほんとうに六條篤の詩なのか、それとも太田の創作なのか、不明。

これは牛乳で育つた花
水曜日の饗宴のゆるやかな流れに
影をおとして


多くの会話がそれに集る


わたしのシモーヌ・シモン
そなたの指に花葩がふれる
さやうなら花が散る
黄昏の指紋が残る


『先生のいない学校 「近江詩人会」の思い出』近江詩人会、1995年

京都新聞朝刊「文化の風土」欄に1995年1月1日から31日まで26回連載された回想録をまとめた冊子。東京では日本近代文学館が所蔵するが、手元においておきたい一冊。文月書林目録「étude 6」より。

執筆者と記事名は以下の通り。

  • 中川逸司「近江詩人会創立前後の縁」
  • 木村三千子「第一回滋賀県文学祭詩の部に応募したきっかけ」
  • 谷川文子「「令女界」などで知った詩人たちとの出あい」
  • 宇田良子「敗戦の混乱のなかでの詩の芽」
  • 宇田良子「井上多喜三郎さんと交歓する詩人たち(一)」
  • 宇田良子「井上多喜三郎さんと交歓する詩人たち(二)」
  • 宇田良子「願ってもない田中冬二先生のご親愛」
  • 宇田良子「西条八十門下の俊秀 小林英俊和尚」
  • 中川郁雄「山ノ口獏さんを乗せて走った中山道
  • 藤野一雄「乳母車に乗った武田豊さん」
  • 藤野一雄「書物に対する異常な執着心 田中克己先生」
  • 藤野一雄「詩を志すだけで気軽に出入りできた師の家 杉本長夫先生」
  • 藤野一雄「都市型詩人と田園型詩人の師弟関係」
  • 伊藤桂一「真摯で熱っぽい合評会」
  • 藤野一雄「語り草のイノシシ狩り 木彫師 山本紀康さん」
  • 田井中弘「稚拙な多喜さんとのケンカの思い出」
  • 田井中弘「「山の樹」の同人と巡った湖北と湖東」
  • 尾崎与里子「男友達とのつきあいの楽しかった木彫師の村」
  • 尾崎与里子「女性五人で同人誌「ゆひ」の結成」
  • 尾崎与里子「「遠方」を見るひと 大野新さん」
  • 武部治代「ユーモアとアイロニーの味趣 藤野一雄さん」
  • 武部治代「詩の旅でであったひと」
  • 大野新「死の棺に間に合わせた詩集の女人 北川縫子さん」
  • 大野新「一篇の傑作をのこしたアル中詩人 伊藤茂次さん」
  • 大野新「詩の賞に揺れた仲間たち」
  • 山本みち子「近江の詩の風土は独特の湿りとこくと艶と灰汁」
  • 大野新「あとがき」


杉本長夫『石に寄せて』書肆ユリイカ、1955年

私は淋しい人が好きだ
冬枯れた雑木林の小路のような。


私は悲しむ人が好きだ
泉の傍の青苔のように。


私は死を想いつめる人が好きだ
鏡のなかの山百合のように。


(「好きな人々」)


中村正子『胸のそこの川原で』いしころ詩の会、昭和35年

解題:大野新、題字:山前実治、印刷:双林プリント
結核療養所で一緒だった大野新の手で刷られた遺稿詩集。善行堂さんにて。


乾直恵『肋骨と蝶』椎の木社、昭和7年

早稲田Cat's Cradleのブックフェスにて(今年で終了なのは残念)。古書ソオダ水さんの出品(実店舗オープン楽しみ)。


『教室』16号、長浜詩話会、昭和27年8月24日/『地上』21〜25号・27号・30号・32号・33号・36号・41号・42号・45号、長浜詩人会、昭和28年2月28日〜30年5月29日(ほぼ毎月発行)

発行責任者はいずれも武田豊ガリ版刷りの小さな手作り冊子。表紙が手描きの号もある。
『教室』は、武田豊も創設者の一人だった近江詩人会の詩話会テキスト『poets' school』(『詩人学校』)を意識しているように思われる。『地上』21号の後記より、『地上』は『教室』の改題誌であることが分かる。通巻号数は改めずに引き継いでいると思われるので、『地上』の20号以前は存在しないはず。何号まで続いたのだろうか。『地上』の主要メンバーは、武田豊が昭和42年6月からはじめた詩誌『真珠』に加わった。『真珠』は一昨年87号で終刊するまで半世紀近く続いた。これら長浜在住の同人を中心とした詩誌と平行して、武田豊は昭和29年から45年まで大野新・天野忠石原吉郎らを同人とする『鬼』も主宰していた。
長浜市立図書館には『真珠』が1号からあるが、『教室』と『地上』はどこも所蔵していない。武田豊について調べている過程で、『教室』時代から『真珠』終刊まで関わってこられた詩人に出会い、保存されていたのをご提供くださった。武田豊の詩集未収録作品も複数含まれている。長浜における詩の活動の歩みを知る上でも貴重な資料。なによりこれらが残されていたこと自体に感動。


新刊の約10冊

山下陽子蔵書票集『妖精の書』ギャラリーロイユ、2017年

4月にギャラリーロイユで蔵書票シリーズ他の新作をじっくり観られたのもよかった。
https://www.g-loeil.com/product-page/le-petits-messagers-妖精の書

涸沢純平『遅れ時計の詩人』編集工房ノア、2017年

【+】刊行記念冊子『淀川左岸』ぽかん編集室、2017年
http://www.keibunsha-books.com/shopdetail/000000021795/b_yom/page1/order/

『ぽかん6号』ぽかん編集室、2017年

http://www.keibunsha-books.com/shopdetail/000000021037/b_lit_bun/page1/order/
長浜の詩人・武田豊について小文を寄せた。

【+】ぽかんのつどい記念冊子『ぽかん読者にすすめる5冊』ぽかん編集室、2017年
6号の拙稿とあわせて読む想定で5冊おすすめした。

高橋輝次『編集者の生きた空間』論創社、2017年

【+】同『古本こぼれ話 巻外追記集』書肆艀、2017年

今村欣史『触媒のうた 宮崎修二朗翁の文学史秘話 』神戸新聞総合出版センター、2017年

尾崎与里子『どこからか』書肆夢ゝ、2017年

13年ぶりの新詩集。ご恵投にあずかる。人生の黄昏と始原を同時に想う。私の育った町で、しかもすぐ近くで詩を書いてこられたと知ったのは、つい数年前のこと。今年初めてお会いすることができたのだった。

黒木アン『ウィル』虹色社、2017年

https://title-books.stores.jp/items/59aa5b7fc8f22c6b4400026c
8篇の詩に、対応する点字の印刷された薄紙が重ねられている。それは飾りなどではなく、詩と同じく詩人の想いが姿をかえたもの。
点字毎日の紹介記事

『新訳 ステファヌ・マラルメ詩集』柏倉康夫訳、私家版、2017年


【+】青土社よりKindle版も出ている。
こちらはフランス語原詩も収録し、ヘッダーメニューで原詩と翻訳の間を簡単に行き来することができる。またIndexには49篇の詩に使われたすべての単語が網羅され、詩のどの行にあるかも分かるようになっている。電子書籍の利便性ができる限り実装されている。

田中純『歴史の地震計 アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』論 』東京大学出版会、2017年

【+】刊行記念プレゼント「ムネモシュネ・アトラス・カード
当選!