2016年の10冊

古書の10冊

水沼靖夫『惑星』詩学社、1981年

“水の詩人”とでも言うべき水沼靖夫との出会いは今年一番の収穫だった。本書のほか、図書館蔵書でだが『漁夫』『近江抄』『工人』『遠心』『水夫』を読んだ。いつの日か初期の私家版詩集『水檻』・『四季の子守唄』も読めるだろうか。

水は優しいものだ。(「衣」より)

水も優しいものだ。(「色彩 Ⅰ」より)

私は水の在所について想ってきたようである。水のやさしい流れを歩いてきたようである。(「あとがき」より)


武田豊詩集』関西書院、1980年

架蔵するのは2冊目だが、これは特別な1冊。武田豊が営んでいた「ラリルレロ書店」のあった長浜の町家に36年間ずっとしまわれていたものなのだ。今秋、長浜を訪れた際に町家の大家さんからいただいた。


中川逸司『落穂ひろい』不動工房、1991年


※装画・版画 高橋輝雄

詩の生涯の師として約四十年、親しくして頂いた武田豊、即ちラリルレロのおっさんの三回忌を過ぎて、やっと二冊目の詩集を編む決心がつきました。生前のおっさんからは、ある時期にまとめなければ、その詩集を足場にして更に深く詩は書けないとよく言われ、また知人友人からもすすめられたものでしたが、罪業逃げられず俗事生業に追われ、性来の呑気さも加わり、その足場も作れないまま三十有余年が経てしまいました。
私の同時代が何らかのかたちで戦争の体験から抜けだせないように、私の書いてきた詩を振り返りますと、どうしてもその体験の異常さや悲惨さから抜け出すことはできなかったようです。そんな影が原点にあって、戦後半世紀にもなろうとする現在もまだ、眼の前に若い時代の暗さがつきまとっているのです。

(「あとがき」より)


『清水卓詩抄』高橋輝雄 編・刻、私家版、1981年

ひもじい地べたじゃないか
のっぺらぽうの杓子がころんどる
節太郎よ
雨漏りはさびしいね
米に
雨だれをうんとこさ
うけてよ
俺はそんなかに
金魚を入れたぞ
出目金
ふら金
びっちょれ金
節太郎よ
雨漏りはやっぱりさびしいね
金魚に黴が生へてよ


(「節太郎よ」)


大森澄『宵待草』木犀書房、1970年

若さに憧れるとき
私は涙がこぼれる
でももう一度人生をやりなおすことを思うと
私は疲れを感ずる


(「やりなおしたくない人生」)


堀内幸枝『紫の時間』書肆ユリイカ、1954年

彼岸花は青白い少女の胸に忽ち怪しい緋色の夢を流した。病的な少女はめらめら燃え立つ毒の夢を沢山食べて元気になつていつた。夕焼雲が山の傾斜に広がると一筋の道は火の海になつた。痩身な少女の体に俄かに幽鬼が籠り、瞳には赤い雲が撥ねて、赤い涙で沢山の詩を綴つた。

(「紅い花」より)


山本信雄『木苺』椎の木社、1933年


小さな公園
海近い公園。


若い孟宗の茂みと
藤棚の下の二つの青いベンチ


ぶらんこと滑り板の遊戯道具
そしてあとはたゞ柔い砂ばかり。


(「十二月の公園」)


『わが詩 わが旅 木下夕爾エッセイ集』内外印刷出版部、1985年

墓地を歩くのが好きになった。売春婦の出没したりするモオパッサンの短篇の中の墓地とちがって、田舎のそれは路傍に数本の樹木にかこまれたり、小高い丘の松籟の下にしずかにならんでいる。
——そういうところに立寄って見知らぬ人の墓石に手をおいたりする。
あたりは碑面をおおっている苔の花の散る音さえきこえるように森閑として、こんなところでは何かいい分別でも出そうにおもわれる。

(「夜ふけの客人」より)


『夢のはて 澤渡恒作品集』デカド・クラブ、1952年

シネマハウスのなかの僕の胸に、薔薇のパラシュウトが青空を落ちるあの浮気なスピイドで開いてゆく。暗闇がすこしオイルくさくなり、モンドリアンの角からミルク色のペガサスがはしつてくる。僕は黒いマントをきた、少年という名前の少年であつた。

(「エクランの雲」より)


『坂窗江詩集』私家版、2008年



新刊の10冊

矢部登『田端抄』龜鳴屋、2016年

http://kamenakuya.main.jp/%E7%94%B0%E7%AB%AF%E6%8A%84/

戸田達雄『増補 私の過去帖』

私の過去帖

私の過去帖

黒沢義輝『日本のシュルレアリスムという思考野』

日本のシュルレアリスムという思考野

日本のシュルレアリスムという思考野

矢野静明『日本モダニズムの未帰還状態』

日本モダニズムの未帰還状態 (りぶるどるしおる 82)

日本モダニズムの未帰還状態 (りぶるどるしおる 82)

福田尚代『ひかり埃のきみ』

ひかり埃のきみ: 美術と回文

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瀧克則『道隠し』

道隠し―瀧克則詩集

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『暮尾淳詩集』

暮尾淳詩集 (現代詩文庫)

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鬼海弘雄『靴底の減りかた』

靴底の減りかた (単行本)

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