蠹魚的台灣小旅行 台南篇

台北篇の続き。寒い季節に暑苦しい話を。

荒廃の美を求めて

9月6日、台北から台灣高鐵に乗り古都・台南へ。白亜の台南駅からタクシーで市の西郊・安平に向かう。
定番の安平古堡や安平樹屋にも行ったのだが、

この日のお目当ては、「禿頭港」。
といっても、「禿頭港」なる地名はいまは無い。それは佐藤春夫怪奇小説「女誡扇綺譚」(大正14年)の舞台である。安平の廃港のどん詰まりに位置する、「貧民窟みたやうなところ」として描かれている。

物語は、新聞記者の「私」と友人で詩人の世外民が、赤嵌城址(現在の安平古堡)に登って安平の「荒廃の美」に打たれるところから始まる。

その後二人は、安平見物のしめくくりとして禿頭港を訪れ、そこで一軒の豪壮な廃屋を見つける。踏み込んでいくと、不意に二階から声がする。低い透きとおるような女の声である。
「どうしたの? なぜもっと早くいらっしゃらない。……」
泉州語らしい。世外民が問い返すが、声はそれっきり。
廃屋を出てそばにいた老婆にこのことを話すと、老婆は青くなってそれは死霊の声だという。
数日後、二人は死霊の正体を確かめるべく廃屋を再訪する。声が聞こえた二階へ上がると、「私」は寝台の下で扇子を見つける。女物で、裏に曹大家(班昭)の「女誡」専心章の句が書かれていた。「女誡扇綺譚」の題はこれに由来する。物語はこの扇によって、哀しい結末へと導かれてゆく。

エキゾチックな「荒廃の美」漂うこの小説は、大正15年に第一書房から、戦後の昭和23年には文体社から単行本で出ている。文体社版の表紙には、台南の古地図があしらわれている。

これは物語中、世外民が安平案内のため携えていた実在の「臺灣府古圖」からとられたもの。*1

ようく目を凝らすと、原図にはない「禿頭港」の字が書き加えられている。このあたりが想定されていたようだ。

この古地図とGoogleマップとを見比べながら、幻の「禿頭港」界隈を歩く。



その荒廃美漂う町並みに佇みながら「女誠扇綺譚」の世界に浸るつもりだった。が、歩きはじめて30分もしないうちにギブアップ。魂が体中の毛穴から蒸発していきそうなくらい、暑い。
ネイティブ犬でさえ、このありさま。

こりゃたまらん、とタクシーに転がり込み、市の中心部へ引き返す。

小休止

国立台湾文学館(日治時代の台南州庁舎)で涼んだ後、

孔子廟を散策し、「窄門珈琲館」というおそろしく入口の狭いカフェでひと休みする。

その右隣に「小説」という、正面のウィンドウに本をぎっちり積み上げた店がある。

古本屋かと思いきや、ここもカフェらしい。

台南の古本屋

体力が回復したところで、古本屋巡り開始。台北で買った『二手書店的旅行』を参考に、以下の書店をまわる。

草祭二手書店


上記「窄門珈琲館」「小説」と同じ並びにある。美術・文学・歴史など人文系が充実。前後二棟続きで、奥の部屋は地下から吹き抜けになっていてユニーク。開放感がありつつも静謐で、居心地のいいギャラリーのよう。地下は雑貨を扱う。
次にこの近くにあるはずの「雲海二手書店」へ行くつもりだったのだが、どうしてもたどり着けなかった。間違って覚えた番地を汗だくになりながら探していたのだった。

金萬


50余年の歴史を持つ老舗だそうな。店舗は2階まで。1階は雑誌・漫画等の雑書、2階は学参書や辞書類が多かったように記憶する。

珍古書坊


台南駅の裏側、前鋒路にある。地下1階、地上3階でほぼオールジャンルをカバー。地下では中古オーディオやレコードも扱う。3階に戦前の岩波文庫が固まっている一角があった。
階段の踊り場に炊飯器が。

夕餉にそなえてか、厳かに保温中であった。

墨林二手書店

成功大学そばの店。この日のシメにと最後の体力を振り絞って行ったのだが、まさかの定休日・・・

とにかく暑かった。夜、台北の宿へ帰り、バタンキュー。

*1:原図を近代デジタルライブラリーで見ることが出来る。伊能嘉矩編『台湾志』(文学社、明治35年)の画像108枚目にある。