保忌


すでにあなたはいない
私の手にのこったのは
瀟洒な詩集「雪」
書翰一束


すでにあなたはいない
貴公子然とした風貌の主
典雅きわまりなき教養の主


すでにあなたはいない
天性の詩人
温情の君子
若き詩徒の慈父


すでにあなたはいない
――古風な温泉宿
ひぐらしの聲
マダム・シゴオニュの扇――


すでにあなたはいない
端然机に坐して合掌する
ああ 師 高祖保


長田和雄「ああ 師 高祖保」(『詩集 相貌』三友社、1950年)

※『詩集 相貌』は長田氏の処女詩集。「あとがき」によると、著者はかつて文藝雑誌に詩を投稿していた文学少年で、早大入学後、高祖保に親炙し田園調布の自宅にも足しげく通ったという。学徒出陣を経て復員後、高祖の戦病死を知り激しいショックを受ける。詩と訣別することでその苦痛から逃れようとしたがままならず、「詩の鬼にこづかれながら、はてなき道をさまよっている」。本書冒頭に「師 高祖保の霊に捧ぐ」と献辞。上掲「ああ 師 高祖保」は序詩として巻頭を飾っている。