Enchiridion 26-7 モンテーニュ その7

もしも私に向かって、ミューズの女神をただ慰みのため、暇つぶしのために用いることはこの女神の品位を落とすことだと言う人があるならば、その人は、私と違って、快楽や遊戯や娯楽がどんなに価値のあるものかを知らない人である。私はむしろ、それ以外の目的こそすべて笑うべきものだと言いたい。私はその日その日を生きている。そしてはばかりながら、ただ私のためにだけ生きている。私の目的はそこに尽きる。私は若い頃には人に見せびらかすために勉強した。その後は少し賢くなるために勉強した。いまは楽しみのために勉強している。けっして何かを獲得するためではない。こういう家具※でもって、私の必要を満たすのみならず、そこからさらに数歩を進め、床や壁を飾ろうという空虚な金のかかる考え方はずっと前に捨ててしまった。


『エセー』 第3巻第3章「三種の交わりについて」
〔『エセー (五)』 原二郎訳、岩波文庫、1967年、78頁〕


Alexander Ireland (ed.), The Book-Lover's Enchiridion, 5th ed., London, Simpkin, Marshall & Co., 1888, pp.26-27.

※書物のこと。