Enchiridion 25-2 ロジャー・アスカム その2

このようにつらつら述べ立てて、私は何も、若き紳士は常に一冊の書物に沈潜しておらねばならんとか、優れた先学の言を持ち出しては、正当な娯楽でも見向きもするなとか、どんなに適切でも気晴らしはいかんとか言いたいのではない。それは本意でない。なんとなれば、周知の通り私じしん自分の気質と体力に見合った運動や娯楽なら何でもやりたいし実際大好きで、ずっと今に至るまで続けているくらいなのだから。また生来の気質とは別に、主義として、信条においてストア派だったことも、信仰において再洗礼派だったこともないし、陽気で愉快でおどけた性格の人間は、法や礼儀や公序良俗に反する狼藉をはたらかない限り決して嫌いではない。だから望むらくは、きっかり決めて毎日確保しておく大事な時間、すなわち語学の知識や学習内容を増強する読書の時間とはまた別に、若き紳士は、上品な運動や紳士にふさわしい娯楽なら何でもやってみて楽しんでほしい。これには正当な理由がある。先の箇所で称えた、かの気高き都市アテナイが、賢明にも深遠なる考察の末に、ムーサとアポロン、そしてアテナを若き市民のために学問の守り神にしていたからである。ムーサは学問だけでなく、踊りと詩歌の陽気な女神。アポロンは弓矢の名手で、楽器演奏に巧みな神。アテナは戦争の女神。つまり学習には、常に無邪気な陽気さと美しい運動を伴わせるべきで、戦争もまた学識で統制され、英知でもって調停さるべきなのである。

『教師論』 第1巻


Alexander Ireland (ed.), The Book-Lover's Enchiridion, 5th ed., London, Simpkin, Marshall & Co., 1888, pp.20-21.