明治の記憶術ブーム
- 岩井洋 『記憶術のススメ―近代日本と立身出世』 青弓社、1997年
明治20年代に巻き起こった記憶術ブームを通して、近代日本の思考様式や社会システムの変化を描くという試み。
明治期に刊行された記憶術書は翻訳も含めて24点、そのうち16点が明治20年代のものだという。その流行ぶりは、
一軒記憶屋の店が出来るト向ふにも出来隣にも出来一軒置た隣又その隣ト出店が先から先へと出来るのみか記憶の荷を背負て競り売りするものさへ有て記憶術の声は耳に絶えぬが是も矢張り記憶術を人に記憶させる術で有たか。
「団団珍聞」 明治28年9月28日付
と風刺され、記憶術のみならず忘却術の書まで出たほど。
以下目次。
はじめに <近代>という歴史の「おもちゃ箱」のために
第一章 和田守記憶法とその反響
和田守菊次郎の登場/和田守菊次郎の記憶術/和田守菊次郎と糸平事件/<ひったくり>と「三百代言」/田中平八と吹田勘十郎/記憶術にかけた人生第二章 記憶術の流行―明治二十年代を中心に
暗誦できぬほど増えた記憶術/「ハードな」記憶術/「ソフトな」記憶術/記憶術のなかの「故郷」/東の和田守、西の島田第三章 「内面の発見」と記憶術
「ハードな」記憶術と脳の「発見」/神は頭蓋骨に宿る―骨相学の誕生/解剖する文学/内面への旅―心理学の導入/殺されたもののゆくえ/催眠術ブーム/「動物磁気」から催眠術へ/<術>のエコノミー/千里眼ブーム第四章 立身出世と記憶術
螺旋状の誘惑/競争社会へのプレリュード/『西国立志編』と『学問のススメ』の反響/「受験生」の誕生/「アメとムチ」のシステム/加熱化する試験/一斉授業と教室空間の変容/「問答法」という名の記憶術/オブジェクト・レッスンの受容と変貌/教員養成という課題/マニュアル化された教育実践
おわりに 記憶術のなかの<近代>
『坂の上の雲』の時代ゆえ、記憶術ブームの背景には立身出世を夢みる受験生の増加があった、というのはよく分かる話。本書ではもう一歩踏み込んで、そういった受験生たちをおくりだした教育現場にも探りを入れている。衛生的でスムーズに授業が行える教室空間、「掛け図」を用いた問答法、マニュアル化された授業・・・近代学校制度は、そもそも記憶力を培うことを重視するシステムであった。つまり、「思いきったいいかたをすれば、教育の体系自体が記憶術そのものであった」(170頁)、という。
- 作者: 岩井洋
- 出版社/メーカー: 青弓社
- 発売日: 1997/01
- メディア: 単行本
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