Enchiridion 22 エラスムス

デシデリウス・エラスムス 1467-1536

なにより肝心なのは、得る知識の量ではなく、その質なのです。でもここで君に、勉強がより確かなものになるばかりか、より易しくなる方法を教えましょう。職人たるもの、自分の仕事には確たる規則を持って臨むものです。だからこそ決められた量の仕事を的確に迅速に、そして容易くこなせるのです。一日を課題ごとに分けましょう。これはいわゆる、かのあまねく知られた著者、プリニウス教皇ピウスの習慣として伝えられているものです。ともあれまずは、先生のお話を注意深く、熱心に聞くように。これは基本です。でも、先生の言うことにただ機敏に応えて満足しているようではいけません。時には先生の考えを先読みしてみましょう。先生の言葉はすべて記憶に留め、とりわけ大事な言葉は書き留めておきましょう。書くことは、言葉の最も忠実な番人だからです。でも、セネカが伝えているあの愚かな金持ちのように※1、これに頼りすぎてはいけません。彼は、自分の奴隷に覚えさせたことをすべて自分自身の記憶だと信じるようになりました。自ら学ばずして書斎を学術書で満たすような愚を犯してはなりません。耳で聞いたことを頭の中から消えないようにするには、家の中で一人で、もしくは他の人と言葉を交わしながら繰り返し言うこと。そしてこれだけで安心せず、時間をかけて沈思黙考することも忘れないように。これは聖アウグスティヌスが思考と記憶の最も重要な補助手段として書き記しています。※2 さらに、頭の中を闘技場に見立てていろんな競技をしてみると、脳みその筋肉をはかったり、鼓舞したり、増強したりするのにとりわけ効果的です。また、疑問に思ったら質問をためらってはなりませんし、間違ったときに正してもらうのを恥ずかしがってもいけません。夜に活動したり、ふさわしくない時間や季節に勉強するのは避けましょう。脳みその火が消えてしますし、健康に大変悪いのです。アウローラはムーサの友達ですね。だから勉強にいいのは夜明け頃です。昼食を取ったらひと休みするか、散歩するか、おしゃべりしてもいいですが、そうしながらでも勉強できることを忘れずに。食事に関しては、健康にいいものだけを食べ、腹八分目でとどめるように。夕食前には軽く散歩し、食後にもそうなさい。就寝前には優れた内容の、記憶に値する本を読み、それに思いを巡らしながら眠りに落ちるようにしましょう。そして目覚めたときに読んだことを思い出せるか試してごらん。心にいつもプリニウスのこの格言を留めておきましょう。「勉強に費やされない時間は、すべて空しい」※3 そして、若さというものはこの世で最も速く過ぎ去ってゆくもので、いちど過ぎ去ってしまったら二度と取り戻せないということを忘れずに。
はてさて、方法を教えると言っておきながら、なんだか説教くさくなってきたね。かわいいクリスチャン、この方法でもいいけれど、もっといいのを見つけられたら、試してごらん。では、ごきげんよう


『対話集』 「学習の方法について:リューベックのクリスチャンへ」※4 [From the Latin text of P. Scriver's Edition, printed by the Elzevirs, 1643.]


Alexander Ireland (ed.), The Book-Lover's Enchiridion, 5th ed., London, Simpkin, Marshall & Co., 1888, pp.16-17.

※1 「倫理書簡」27参照。
※2 アウグスティヌスの記憶術については、『告白』第10巻第8章以降参照。
※3 小プリニウス『書簡集』第3巻5にある、大プリニウスの言葉。
※4 この文章、実は『対話集』の一篇ではなく、1497年春にエラスムスが当時家庭教師をしていたリューベック出身の商人の息子クリスチャン・ノルトホーフに宛てて書いた書簡の一部である。気づいた限りでは、17世紀の『対話集』英訳版のいくつかには、なぜかこの書簡の文章が巻末に付されている。クリスチャンとその弟ハインリヒを教えたエラスムスの経験は後に、『対話集』や『学問方法論』等の著作に結実した。なお、翻訳にあたっては、トロント大学出版局の英訳版エラスムス全集所収のテクスト(The Collected Works of Erasmus, vol.1, Tronto and Buffalo, 1974, pp.114-115.)を参照した。