槐多のガランス

渋谷のポスターハリスギャラリーで、アトリエ空中線10周年記念展「インディペンデント・プレスの展開」を見てから、松濤美術館「没後90年 村山槐多 ガランスの悦楽」展に行く。

絵を描き、詩をつづり、歌を詠み、小説戯曲を書いて22年5ヶ月を生き去った村山槐多(1896-1919)の回顧展。前期(12月1日-27日)と後期(1月5日-24日)で作品の入れ替えがある。「庭園の少女」・「カンナと少女」・「湖水と女」・「尿する裸僧」といった代表作は不動だが、「のらくら者」の展示は前期のみ。
槐多の芸術を象徴するガランス=茜色は、血の、生命の、耽美の、頽廃の色。その絵画だけでなく、詩や小説でも多く用いられている。例えば、カニバリズム小説『悪魔の舌』。「俺」の「真紅な太い舌」、食い尽くされる美少年の肉、その足裏にあった「赤い三日月の形」・・・。あるいは大正6年の詩「ある日ぐれ」。

血の強いにほひが
草木から、星から、走る車から
どくどくと、ほとばしる


血は血に滴たり
血は血に飛ぶ


生きたる物から滴る


その強さと恐ろしさとに
わたしはぎよつとした


どくどくと血が滴たる
万物の動脈が切れた


命が跳ね上つた
そして落ちる
まつさかさまに


これはどうした事だ


逃げろ逃げろぐづつくな
血は滴る一滴、三滴、五滴、九滴
天から、地から、街から、電車から


こりやどうだ
血のにほひの強さつたらない


ぎよつとしてたたずむ私の体軀からも
血が点々として滴たるぞ


血は血に
血は血に滴たる


あ。

「世界は赤だ、青でも黄でもない。」(詩「わが命」より)とまで言う槐多。だから当然、ラブレターもガランスで染めなければ気がすまない。以下は京都府立第一中学時代に、一級下の稲生美少年に充てた「ピンクのラブレター」。右端の赤い噴水は、文中の「わが恋は美しき電気噴水にして」に対応している。

ピンクのポーチを持った小さな女の子が、父親に教えられて「きーれいなラーブレターだねー」と言ってくるくる舞った。

もちろん図録もガランスに染められている。左は詩文集『槐多の歌へる』改装版(アルス、1927年)。