察しのよすぎたマダム

「――空気に水と青葉の匂ひのする雲の美しい」夏の朝なのである。
私は裏畑に自ら培つて穫た三本の胡瓜をもいで、その特意さを、生垣ごしの隣家のマダムに誇示して云つた。
「奥サン、コノ胡瓜見事ダト思ヒマセンカ」
しかしマダムはその時、一個の美的観賞者である代りに、一個の通俗な、台所的エコノミストであつた。いみじくも彼女は胡瓜への讃辞と共に、二本の白い手を差出して
「マア見事デスコト、頂イテスミマセンワ」
思ふに、である。
諸君よ、その時の私の表情は、イソツプ物語に出る貪婪な白鳥殺しのお婆さんの、あの残念さうな顔に似てゐたかもしれない。
(その朝、私の食卓メニユーの予定から、胡瓜モミの四字が消されていつた。)

高祖保「察しのよすぎたマダム」(『香蘭』第8巻第8号、昭和5年8月1日、26頁)