湖畔集より

高祖保「湖畔集」より、“その二”。

 湖水の多景島で。――

 あの羊腸たる《蟻門渡(ありのとわたり)》をわたりながら、わたしはみごと O CARA MIA を鼻唄でやつてのけた。そのとき中空に、膜翅類(まくしるゐ)のむらがる幻影が、レリイフのやうに生じたのはなぜだらう。だが唄ひながら通りすぎたとき、仏罰の覿面は、たちまち躓いて、わたしの精霊は巌のうへから、あの湖中に散つたのである。

 その証拠であらう。爾来、わたしの詩はアルカィックなものになつてしまつた。湖(うみ)をふるさとにして。


高祖保『希臘十字』(椎の木社、1933年)所収